公共施設を活用した被災地後方支援プロジェクト
公共施設を、災害の「後方支援拠点」に変える。
滑川から、能登に手を伸ばし続けるプロジェクト。
STORYはじまりの物語
2024年1月1日、能登半島地震が発生しました。テレビの前で立ち尽くす人が多いなか、被災地から近い富山県滑川市で、すぐに動き出した人たちがいました。中滑川複合施設メリカを管理運営する一般社団法人ばいにゃこ村の樋口幸男さんと、チーム滑川の仲間たちです。
このプロジェクトの原点は、樋口幸男さんと、富山市の一般社団法人ボディセンス・インスティテュート代表理事・高橋由紀さんとの出会いにありました。「被災地に近い場所から、いま自分たちにできることをやろう」——。ふたりの想いが重なった1月上旬、中滑川複合施設メリカを後方支援拠点として活用するという判断が下されます。
1月には、メリカの調理スタジオに市社会福祉協議会、ボランティア連絡協議会、市民有志ら約50人が集結し、能登町の避難所へ届ける約1,600食分の食材の下ごしらえが行われました。以降、緊急支援期は毎週の炊き出しへと拡大。毎週2,000食、年間で30,000食以上を、能登の避難所9か所へデリバリーする体制が整いました。
活動はキッチンの中だけにとどまりませんでした。現地での瓦礫撤去、チャリティイベントの開催、そして富山(メリカ)での準備調理が同時並行で走り、滑川市民ボランティア約300人、滑川市行政、地元企業、各種団体がそれぞれの立場で参加。まち全体が「後方支援基地」として動く前例のない体制が生まれました。
その後、活動は「一度きりの支援」で終わらせず、次の災害に備えて継続的に実施する仕組みへと形を変えていきます。仮設住宅への月300食前後の配食を継続する一方で、平時にも動ける形として子ども食堂の運営や災害復興地での配食活動へと派生。「有事の後方支援は、平時の助け合いの延長線上にある」——その考え方を、日常の活動として実装しています。
数字で見る、緊急支援期の実績
2024年1月〜3月末/毎週実施
※実績はいずれも「能登にエール」調べ
これらは炊き出しだけの数字ではありません。現地での瓦礫撤去、チャリティイベント、富山(メリカ)での準備調理が同時並行で走った結果としての実績です。滑川市行政・地元企業・各種団体も連携し、ひとつのまちが後方支援基地として動いた事実を、数字が証明しています。
PROJECT INFOプロジェクト情報
- プロジェクト名
- 公共施設を活用した被災地後方支援プロジェクト
- 中心メンバー
- 樋口 幸男(一般社団法人ばいにゃこ村 代表理事)/高橋 由紀(一般社団法人ボディセンス・インスティテュート 代表理事/「能登にエール」)/チーム滑川
- 拠点
- 中滑川複合施設メリカ(富山県滑川市田中新町39-5)
- 支援先
- 石川県能登町・珠洲市 ほか奥能登地域(避難所9か所)
- 活動時期
- 2024年1月〜現在(緊急支援期を経て継続中)
- カテゴリー
- 防災・復興支援/まちづくり
- 担当領域
- 後方支援拠点の運営/炊き出し下ごしらえ/仮設住宅への配食/子どもの居場所づくり/瓦礫撤去/チャリティイベント/子ども食堂・平時の配食活動
- 連携パートナー
- 滑川市(行政)/滑川市社会福祉協議会/ボランティア連絡協議会/地元企業・団体/市民有志約300人
- 参加方法
- 下ごしらえ・配食ボランティア/物資支援/寄付/広報・記録/子ども支援/子ども食堂運営
- 現在
- 仲間・支援ともに募集中
STRUCTURE「後方支援」を成り立たせる3つの動き
このプロジェクトは、規模も役割も異なる3つの動きが組み合わさって成り立っています。
| 動き | 役割 |
|---|---|
| 拠点運営(ばいにゃこ村) | 中滑川複合施設メリカを後方支援基地として稼働させる。人・場所・調理設備を統合。 |
| 専門家連携(ボディセンス・インスティテュート/能登にエール) | 炊き出し・物資輸送・専門家派遣を担い、被災地との橋渡しを担う。 |
| 市民ボランティア(チーム滑川/約300人) | 社協・ボランティア連絡協議会・行政・企業・市民有志が現場で手を動かす。 |
「場所を提供する動き」「専門性でつなぐ動き」「手を動かす動き」。この3つが揃うことで、公共施設は災害時の後方支援基地として立ち上がります。
PHASE緊急支援から、平時の備えへ
このプロジェクトは、時期によって役割を変えながら続いています。
緊急支援期
毎週2,000食・年間30,000食の炊き出し。避難所9か所へのデリバリー。瓦礫撤去、チャリティイベント、富山側での準備調理を同時並行で実施。滑川市民ボランティア約300人、行政、企業、団体が総動員で動いた最も濃密な時期です。
復興支援期
能登町・珠洲市の仮設住宅へ、真空パックやチルドにした料理を毎月300食前後配食。子育て中の親子を重点的に支援。奥能登での縁日ブース出店やおもちゃのプレゼントなど、子どもたちの笑顔を取り戻す活動も継続しています。
平時への継承
「次の災害に備え、平時から仕組みを稼働させ続ける」という発想のもと、活動を派生させています。
- 子ども食堂の運営 — 大量調理・配食・地域ボランティアの動員という後方支援のノウハウを、平時の子ども支援へ転換
- 災害復興地での配食活動 — 能登以外の被災地・復興地への配食にも活動を広げ、後方支援基地としての機能を維持
炊き出しの技術・人のつながり・調理設備・物流ノウハウ——これらは、災害が起きた瞬間にゼロから立ち上げられるものではありません。だからこそ、平時から動かし続けます。
ACTIVITYプロジェクトでやっていること
-
炊き出し・後方調理メリカの調理スタジオで、被災地に届ける食材の下ごしらえと大量調理を実施。
-
仮設住宅への配食能登町・珠洲市へ、真空パック・チルド料理を月300食前後継続配食。
-
子どもの居場所づくり避難してきた子どもをメリカで受け止め、奥能登での縁日ブース・おもちゃプレゼントを実施。
-
支援物資の受け入れ・輸送全国から集まる支援物資を、メリカを経由して被災地9か所へ届ける物流拠点機能。
-
瓦礫撤去・チャリティイベント現地での実働支援と、資金調達を兼ねたイベント運営。
-
子ども食堂・平時配食への派生後方支援のノウハウを、平時の助け合いに転換し、継続的に稼働。
-
記録と発信「公共施設を後方支援に使う」という手法を全国に伝え、次の災害への知見として共有。
VOICE後方支援を経験した人たちの声
テレビを見ているだけの時間が辛かった。手を動かせる場所があってよかった。
被災地に行かなくても、下ごしらえで能登の役に立てることを初めて知った。
仮設住宅の親子が「温かいごはんがうれしい」と言ってくれた。続ける理由になる。
メリカという場所がなければ、これだけの人数で仕込みはできなかった。
能登の支援が、いま子ども食堂につながっている。無駄になっていないのがうれしい。
こうした声の積み重ねが、「困っている人に手を差し伸べられる大人でありたい」というプロジェクトの原点を、日々更新しています。
COLLABORATIONつくり手たち
このプロジェクトは、共同発起人のふたりを中心に、市民団体・専門家・行政・企業・市民有志がチームを組んで動いています。
-
FOUNDER
樋口 幸男(一般社団法人ばいにゃこ村 代表理事/滑川市)
共同発起人。メリカを後方支援基地として稼働させる判断を下し、チーム滑川の現場を束ねる拠点側の中心。
-
FOUNDER
高橋 由紀(一般社団法人ボディセンス・インスティテュート 代表理事/富山市)
共同発起人。「能登にエール」プロジェクトを率い、緊急期の炊き出し・物資輸送から、専門家育成による長期復興支援までを担う専門性の中心。樋口幸男さんとの出会いが、このプロジェクトの原点。
-
チーム滑川/市民ボランティア約300人
下ごしらえ・配食・物資仕分け・瓦礫撤去・チャリティ運営の現場で手を動かす市民の集まり。
-
滑川市(行政)/地元企業・団体
行政・産業界の立場から、資源・広報・調整を担う連携パートナー。
-
滑川市社会福祉協議会/ボランティア連絡協議会
ボランティアの受け皿と連絡調整を担う地域の要。
-
中滑川複合施設メリカ
調理スタジオ・避難施設機能・交流スペースを併せ持つ、後方支援拠点そのもの。
FIELDこのプロジェクトは「まち」が学びのフィールドです
被災地に飛び込むこと、だけが支援ではありません。メリカに来て、玉ねぎを切る。真空パックの機械を回す。物資を仕分ける。子どもと遊ぶ。子ども食堂の配膳を手伝う。そのどれもが、被災地の負担を1つずつ減らし、次の災害への備えを積み上げる行動です。
災害はいつか誰にでも起こりうる出来事です。だからこそ、平時から後方支援の仕組みに関わっておくことが、将来自分のまちが被災した時の備えにもなります。「困っている人に手を差し伸べられる大人でありたい」——立場を越えた人たちがメリカに集まる。その小さな関わりが、地域で動く人=実践人口へとつながっていきます。
経験不問。能登への支援を、そして次の災害に備える仕組みづくりを、一緒に続けていきましょう。













